Photo by BrokenSphere / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons
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目次

概要

名称九六式軽機関銃
メーカー東京陸軍造兵廠
系列ZB-26系
口径6.5mm口径
種類軽機関銃(LMG)
作動方式ガス作動
作動方式詳細ガス作動
発射方式フルオート
原産国大日本帝国
登場年1936年
使用弾薬6.5x50mm有坂
全長1070mm
銃身長550mm
重量9.0kg
装弾数30発マガジン
発射速度450rpm / 500rpm
有効射程600m
前身十一年式軽機
後継九九式軽機

特徴

九六式軽機関銃は、十一年式軽機関銃を基盤にしながら、チェコスロバキアのZB vz. 26のレイアウトやホッチキス機関銃の作動機構(ガス圧利用方式)の要素を取り入れた軽機関銃である。6.5mm×50SR(有坂弾)を用い、30連発の着脱式上方弾倉を持つ点が主要な特徴である。

質量は約9.0 kg(空身時)であり、有効射程は約800 m、最大射程は約3,500 mとされる。照準装置には、200〜1,500 mの範囲で調整可能なドラム式ダイヤルを備えた後方照準器が左側にオフセットして配置されている。さらに、銃の右側に装着可能な2.5倍率の光学照準器(眼鏡)を備えることで、歩兵分隊の支援火力として高い遠距離精密射撃能力を付与されている。

また、ガスブロックに折り畳み式の二脚を備えるほか、当時の軽機関銃としては極めて珍しい特徴として、銃身下のガスシリンダー部に三十年式銃剣を装着可能である点が挙げられる。

歴史

九六式軽機関銃は、満州事変(1931年)以降の中国大陸での戦闘経験を踏まえ、十一年式軽機関銃の砂塵・泥濘環境での信頼性不足を改善する目的で開発され、1936年(皇紀2596年)に制式採用された。

生産は小倉陸軍造兵廠、名古屋陸軍造兵廠、奉天造兵所(ムクデン)など複数の工場で行われ、1943年までの約7年間で約41,000挺が製造された。満州・中国本土での戦闘に加え、第二次世界大戦の太平洋戦線や南方戦線にも広く投入された。

設計者は南部麒次郎(南部銃器製造所)を中心としたチームであり、本銃はチェコスロバキア製のZB vz. 26(チェコ機銃)の外見や着脱式箱型弾倉を参考にしつつ、内部構造は十一年式から続くホッチキス式(ガス圧利用方式)の改良設計となっている。そのため、米軍資料等でも「ホッチキスの作動機構とZB26のレイアウトを組み合わせた設計」と評価されることが多い。

構造

九六式軽機関銃はガス圧駆動式の自動機で、上方装填の30発箱マガジンを用い、オープンホッパー式の九一式とは異なり密封性が向上した構成を持つ。九六式のボルトロックは南部麒次郎が独自設計した正方形のフレームを上下に動かして銃身をロック・アンロックする方式であり、九一式と比較して信頼性が若干高められたとされている。また、銃身は交換可能で、銃口部には冷却用のフィンやフラッシュサプレッサーが施され、戦場での連続射撃時の過熱抑制を狙っているが、部品の非互換性や工場毎の細部変更が標準化を妨げた点が問題視されている。

同時代の他国軽機関銃と比較して、信頼性向上のための潤滑弾薬の使用が求められたが、実際には塵や砂が油を含んだ弾に付着し、かえって不具合を増加させる結果となった。

運用と実戦運用

九六式軽機関銃は、大日本帝国陸軍の歩兵小隊における主要な支援火力として、第二次中日戦争や日ソ国境紛争、第二次世界大戦のアジア・太平洋戦線で広く運用された。しかし、6.5 mm弾の弾道性能と実用性の限界、および潤滑弾薬による不具合の増加が指摘され、帝国陸軍はより大口径の7.7 mm弾を用いる九九式軽機関銃への移行を図っている。

第二次世界大戦終戦後も、インドネシア国民革命でインドネシア軍が使用したほか、第一次インドシナ戦争および第二次インドシナ戦争(ベトナム戦争)においてヴェトミンおよび北ベトナム軍が入手・運用した事例があり、アジア各地の後続紛争における旧日本軍兵器の流用事例として言及されている。

派生型

九六式軽機関銃には、工場毎に冷却用フィンやフラッシュサプレッサー、排出孔カバーなどの細部変更が存在するが、それらは公式に戦闘用の「型」(Mark)として区別された典型的な派生型としては明確な記録が残っていない。

九六式の直接的な後継として、同じガス圧駆動方式ながら7.7 mm弾を用い、潤滑弾薬の使用を廃止した九九式軽機関銃が開発・配備され、両機関銃は大戦中には並行して運用されたが、九九式は九六式の煩雑な整備要件や信頼性上の弱点を改善する方向の設計とされている。

参考情報

九六式軽機関銃は、その外観がチェコスロバキア製のZB vz.26に酷似しているため、しばしばコピー品と誤解される。しかし、実際にはZB vz.26の優れたレイアウトを参考にしつつも、内部機構は南部麒次郎の設計思想に基づいた独自の進化を遂げている。

最大の違いは閉鎖機構(ボルトロック)にある。ZB vz.26がボルトを傾斜させて閉鎖する「ティルトボルト式」を採用しているのに対し、九六式は南部式の系譜を継ぐ「垂直摺動(しゅうどう)閉鎖式(落とし込み式)」を採用している。これはボルト本体ではなく、独立したロッキングブロックが上下に動くことでボルトを固定する仕組みであり、機構的には全く別の設計である。

運用面において、標準的な三八式歩兵銃用の「六五弾(6.5×50mm 有坂弾)」をそのまま使用すると、自動火器特有の高回転な作動に耐えられず、薬莢が薬室に張り付く、あるいは引きちぎれる「薬莢切断」などの故障が多発した。

この問題を解決するために導入されたのが、装薬量をわずかに減らしてガス圧を下げ、作動を安定させた「減装弾」である。この弾薬のパッケージには、減装(Gensō)の頭文字である「G」の刻印が施されていた。

また、九六式では前代の十一式軽機関銃にあった自動油塗装置が廃止されたが、実際には弾薬への注油なしでは抽殻故障(エキストラクターによる薬莢の引き抜き失敗)を完全に防ぐことは困難であった。そのため、兵士が手動で弾倉内や弾薬に注油を行う運用が続けられ、これが戦地における補給の複雑化や信頼性の課題として残ることとなった。

九六式軽機関銃は、世界的に評価の高かったZB vz.26の利便性を取り入れつつ、日本独自の閉鎖機構を組み込んだ「折衷的かつ独自の自動火器」と定義するのが妥当である。コピーという言葉では片付けられない、当時の日本の工業水準と設計思想が反映された一挺と言える。

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